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乳と卵

「乳と卵」   (川上未映子)

はい! 芥川賞受賞作ですね、これ。

ま、あらすじは、もう皆さん、多分、ご存知だと思いますので、略しますが、

豊胸手術を受けたいと願う、小学生の娘(緑子)を持つ姉(巻子)が、東京で暮らす妹(私・夏子and語り手)を訪ねてくる二泊三日間のお話です。

(↑ おっ! 二行や! 梗概書く練習せんとあかんし・・・笑)

で、以下、思ったことを。

とはいえ、これから読む! という人が、私の周りにイッパイなので、そこんとこは、まあ、そのように。。。

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精神か?肉体か?どこか?が、病んでいる(もしくは、欠落している・欠落感を抱いている)「私」が主人公である、というのが、昨今の文学!のハヤリだったのに(こういう ハヤリ なんていう表記のしかたは、ちょっと古いらしい。で、ちょっと古いものが一番、古臭い、そうです。←選考の山田詠美氏 談)

この「乳と卵」は、語り手=私 は、まあまあ、正常、の範囲。というところは、まず新鮮でしたね。

もぉ~傷ついた私を探す旅に付き合わされるのには飽きた。

「豊胸手術」という 特に、急を要するものでもなく、オッパイが大きくなったからといって、そんなになにかが、変わる、というわけでもなく、なのに、結構、お金もかかって、こだわりところ、もいっぱいあって、それなりに勇気も要して・・・という「豊胸手術」

こういう、人からみれば「なんで豊胸? 誰のために? なんのために?」というような「どうでもいいこと」に拘る(もしくは、<すがる>)ことで、多分、姉の巻子は、自分の置かれている<現実>から逃れたい、逃れたかった・・・のかな?

この巻子の現実というのは、娘=緑子が、会話をまったくしなくて、学校でも家でもノートで、筆談する、という自閉症気味(・・・が、まったく、外界とコミュニケーションしない、というわけではない)であることとか、離婚したはいいものの、家計が苦しいこととか、スナックで働いてはいるのだけれども、どうももうひとつ、自分には<向いていない>とか、そういうことです。

母ひとり。娘一人。おまけに<同性>という閉塞感と孤独感。

交わりたいのだけれども、どこか、ほんとに「交わる」ことが怖いような。

(↑ このあたりは 緑子の 「ホントのことゆうてえな」 に現れてる?)

で、ラスト。

意味のない(・・・というのは、緑子 が、卵子を否定気味)卵の投げ合いでカタルシス。

で、収束。

ちょっと、この最後の 卵の投げ合い、は、とってつけた感がありましたが。

「私」(=夏子・語り手)が、この「戦い」を結構、醒めた目で傍観してる風なのが、よろしかったです。

こういう「距離感」がいいです。。ね。

まあ~ これも「現代人の持つ孤独・閉塞感」ってことになるんでしょうか??

と、書いてはみたものの、実際、これが、ホントのところ、どうなのか?はよくわかりません。

選考委員の先生方、今回は、あんまり、どの作品にも深く、突っ込むことをしてらっしゃらなかったような???

難(?といえるのかどうかわかりませんが)といえば、 です・ます と だ が混合された文体。

金井美恵子 ほどではないにせよ、一文が長い文体。

が、最初、読みにくさを誘います。

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あけっぴろげ(?)な生理の描写とか、男子が読むと、どうなんだろ??

(↑ どうなんだろ? と考えるところが、きっと、「どうなんだろ?」なんでしょうね)

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>~ああ、フロントガラスはそこから水が湧き出てるかのように瑞々しく光を放って、蝉の鳴き声が立体にぴっちりと貼り付いて、それとおなじくらいにしんとした午後、まっすぐ伸びた道路の奥から、小さな緑子がうつむきながら歩いてくるのが見えた。その奥にある公園の木々の葉の塊は濃ゆに揺れながら静かに燃えて、緑子はそれを、後頭部にしょってるようであった。

(↑ 読んでいて、「あっ、ここ好き」と思った箇所です)

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