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彗星の住人

「彗星の住人」    (島田雅彦 著)

なにやら、「壮大な恋の物語」であるらしい。。

島田雅彦はむかし、「ロココ町」を読んで「おもしろいっ!」と感動し、「彼岸先生」を読んで、「好み」と思い、最近では「退廃姉妹」を読んで、「ン???」とちょっと思い。。

で、ひさしぶりに本屋で文庫の新刊コーナにあったのを発見。

「どうしようかなぁ~」と一瞬、迷ったものの・・・「無限カノン」という言葉に騙されて、いや、惹かれて購入してしまいました。

「無限カノン」という言葉、「永久カノン」とか、「循環カノン」とかとも言って、音楽用語なのですが、この言葉が「短歌の本」を読んでいた時に登場して、「なかなか音律といい、いい言葉だ」と気に入って「どこかで使ってやろう!」と密かに考えていると、まあ、島田雅彦先生に先を越されていた!?・・・というわけです。。。(←なんのこっちゃ・・)

「壮大な物語」というのは、この「彗星の住人」が「無限カノン」の第一巻で、第二巻は来月発売の(・・・というか、新潮文庫なので、もしかすると、今日あたり発売されてるかも)「美しい魂」、第三巻が三月発売の「エトロフの恋」と、三部作の大長編ということです。。

1894年長崎での「蝶々さん」と「ピンカートン」の悲恋からすべてがはじまり、血族四代にわたる恋の物語。

三島由紀夫の「春の雪」をリメイクって感じでしょうか???

(そういえば、「彼岸先生」は夏目漱石の「こころ」の平成版?でしたね・・・)

「退廃姉妹」といい、最近の島田雅彦先生は「戦時中における恋」が主題なのでしょうか?

本来ならば、「個人」×2 で完結するはずの「恋」というものが、「国家」とか「戦争」とかと絡み合ったときに、どんな表情をみせるのか? ということなのでしょうか??

(むずかしいことはよくわからんが・・・)

たしかに、身分の差もなければ、国籍の違いにも、ほとんど影響されない「現代の恋」においては「障害」といえるものは、どちらかの「死」(もしくは病気)でしかないですよね。

「世界の中心・・・」をはじめ、最近のベスト・セラーになった小説の多くは「障害=死」ということになっている。。

そういうことからちょっと外れてみたかったのでしょうか??

・・・というような、「文学」の香りが高そうな(?)お話で、実際、読み始めるまでに、一回目は16ページくらいで挫折、二回目は20ページくらいで挫折、三度目の挑戦で最後まで!!

でも、読み始めて、自分の中でこの物語に対する「リズム」みたいなものができあがってくると、俄然、おもしろくなってほとんど、最後のほうは「イッキ」という感じ。

こうなると、次の「美しい魂」が待ち遠しく・・・

今日あたり、本屋をのぞいてみようかと。。。

いつしか、自分のなかで、「文学」=「私小説」という図式が出来上がってしまっていて、そういうことも、いろいろ反省。・・・な今日この頃。。

感想は、とにかく読み終えてから。。(笑)

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